茶臼山と、子どものころの山道
「山のおじいさん、こんにちは。」
そう言って、小さな戸を叩くと、中から優しい声が返ってきました。
子どものころ、私は風土記の丘の近くで育ち、野山を駆け回って過ごしていました。
茶臼山(ちゃうすやま)の麓には、手作りの小屋に暮らすおじいさんがいました。
子どもたちが訪ねていくと、お菓子をくれる、やさしい人でした。
テレビはなく、ラジオの音だけが静かに流れている。
電気は近くの電線から引かれ、お風呂は薪で焚いていたのだと思います。
水は、もちろん湧き水。
いま思えば、コロナ禍で「オフグリッド」という言葉が広まるずっと前から、この山の中で、そういう暮らしが営まれていました。
子どものころの私は、この山を一日に二度登ることもありました。
山道には木苺がなっていて、それを摘んでは食べ、また摘んでは食べながら、山頂を目指します。
頂上には、子どもたちが作ったブランコがあり、そこから見える松江市内や宍道湖の景色が、何よりもうれしいものでした。
風土記の丘とは|古代出雲の記憶が残る場所

風土記の丘のまわりには遺跡が多く、椎の実やどんぐりを拾ったり、木に登ったり、竪穴式住居は鬼ごっこの隠れ家でした。

正式には「島根県立八雲立つ風土記の丘」といい、
松江市南郊の大庭・山代・竹矢周辺に広がる、古代出雲の史跡をめぐることのできる場所です。
この一帯には、出雲国府跡や出雲国分寺跡、岡田山古墳、
大庭鶏塚古墳、山代二子塚古墳など、古代出雲の記憶を伝える遺跡が点在しています。
展示学習館では、古墳から出土した埴輪や土器などを見ることができ、
外には復元された竪穴式住居や、古墳のある道が続いています。
大庭鶏塚古墳と山代二子塚古墳
子どものころは名前も意味もよく知らずに遊んでいましたが、
このあたりには、大庭鶏塚古墳や山代二子塚古墳など、
出雲東部の大きな古墳が点在しています。
ただの草の丘や、鬼ごっこの隠れ場所だと思っていた場所が、
本当は古代出雲の人々の記憶を伝える場所だったのだと、
大人になってから知りました。
遺跡のまわりでは、「鶏の鳴き声が聞こえるといいことがある」
といった伝承もあり、信じている子どもも多かったです。
おじいさんは、ときどき近くのスーパーで買い物をしている姿も見かけました。
けれど、子どもだった私は、それを少しだけ見たくないと思っていました。
山にいるおじいさんは、いつも笑顔で、子どもたちを見守ってくれる存在で、どこか精霊のようであってほしいと願っていたのだと思います。
そしてあの山で過ごした日々が、いま私が、この土地の静けさを求める理由になっているように思います。
茶臼山や風土記の丘のあるこの一帯には、出雲神話の舞台として知られる八重垣神社や須賀神社も点在しています。
この土地の物語
出雲神話と土地の記憶
– スサノオとクシナダヒメの物語|八重垣神社と須賀神社をめぐる、出雲神話の旅
この土地の宿
– 宍道湖の夕日を眺める宿6選|水の都・松江で泊まる静かな時間
