「山のおじいさん、こんにちは。」
そう言って、小さな戸を叩くと、
中から優しい声が返ってきました。
子どものころ、私は風土記の丘の近くで育ち、
野山を駆け回って過ごしていました。
茶臼山の途中には、手作りの小屋に暮らすおじいさんがいました。
子どもたちが訪ねていくと、お菓子をくれる、やさしい人でした。
テレビはなく、ラジオの音だけが静かに流れている。
電気は近くの電線から引かれ、
お風呂は薪で焚いていたのだと思います。
水は、もちろん湧き水。
いま思えば、コロナ禍で「オフグリッド」という言葉が広まるずっと前から、
この山の中で、そういう暮らしが営まれていました。
子どものころの私は、この山を一日に二度登ることもありました。
山道には木苺がなっていて、
それを摘んでは食べ、また摘んでは食べながら、山頂を目指します。
頂上には、子どもたちが作ったブランコがあり、
そこから見える松江市内や宍道湖の景色が、何よりもうれしいものでした。
風土記の丘のまわりには遺跡が多く、
椎の実やどんぐりを拾ったり、木に登ったり、
竪穴式住居は鬼ごっこの隠れ家でした。

それが重要な文化財であることなど知らず、
ただ夢中で遊んでいました。
遺跡のまわりでは、「鶏の鳴き声が聞こえるといいことがある」
といった伝承もあり、信じている子どもも多かったです。
おじいさんは、ときどき近くのスーパーで買い物をしている姿も見かけました。
けれど、子どもだった私は、それを少しだけ見たくないと思っていました。
山にいるおじいさんは、いつも笑顔で、
子どもたちを見守ってくれる存在で、
どこか精霊のようであってほしいと願っていたのだと思います。
そしてあの山で過ごした日々が、
いま私が、この土地の静けさを求める理由になっているように思います。
この土地の物語
この土地の宿
この土地は、それぞれの場所がゆるやかにつながっています。
滞在する場所によって、その感じ方も少しずつ変わります。
-宍道湖の夕日を眺める宿6選|水の都・松江で泊まる静かな時間
