山陰への入口、伯備線
山陰への入口は、陸からであれば、岡山県にある倉敷駅からJR伯備線を使い、特急やくもに乗るルートが一般的です。
特急やくもは2024年にリニューアルしました。

黄金色に輝くデザインと、アナウンスの際の音楽が、山陰出身のメンバーの多いオフィシャルひげダンディズムの曲になっているのもフアンが多い理由です。
そして、やくもから山陰へと向かう道すがら、驚くのは中国山地の山の深さです。電車と山の距離が近く、また、本当に「なにもない」世界を楽しむことができます。経由する駅には、人はまったく見られず、売店などもほとんどありません。
人の多さに少し疲れたとき、この山あいの風景は不思議と心を落ち着かせてくれます。
何もないっていいな、としみじみ感じられる環境がそこにはあります。
山陰に残る「見えないもの」の文化
一方で、そんな何もない山陰地方ですが、「目に見えないもの」を慈しむ文化が古くから継承されています。
特にこの土地では、昔から“目に見えないもの”が物語として語られてきました。
ラフカディオハーンは松江で幽霊を描き、水木しげるは妖怪を描きました。
そして青山剛昌はミステリーまんがを生みました。
自然の作り出す陰影が魅力的なこの地域では、そんな「見えないもの」を味わうことのできる自然に恵まれています。
伯耆溝口に残る鬼伝説
そして、やくもで山陰へ向かう際、「中国山地を抜けた」と解放感を感じられるのはちょうど伯耆溝口駅のあたりでしょうか。

伯耆溝口駅を降りて少し歩くと、橋のたもとに立つかわいらしい鬼のブロンズ像が目に入ります。
そして、山の上からは巨大な鬼の像が街全体を見渡しています。

鬼が守り神になった町
この鬼の像は孝霊天皇の鬼退治伝説にも登場する鬼「大牛蟹(おおうしかに)」をモチーフにしており、
原作者は現代美術審査員であり、元金沢大学教授・金沢市在中の米林勝二先生です。
溝口町(現伯耆町)の鬼伝説は、約2300年前の第7代孝霊天皇の時代にさかのぼり、日本最古の鬼伝説と言われています。
人々を苦しめていた鬼が改心してからは、村人の守りについたという伝説にちなんで、この町の守護鬼として建立されたそうです。
特急やくもに乗っていた時も、
伯備線と並走する180号線を車で走った時も、
中国山地の山が迫ってくるような風景の中で、私は自然を「畏い」と感じたことがあります。
その感覚は、昔この地で鬼の存在を語り継いできた人々の気持ちと、どこか重なるようにも思えました。
この土地の物語
伯備線沿いの宿
伯備線沿いの宿の詳細は検索サイトから
山陰の旅の入り口
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